夕飯には手をつけるな

土岐野の声に驚いたのは、 賊ばかりではなかった。
鹿の子も驚いた。
話が違う。

その日の午後、
大きな荷物を抱えて こそこそと歩く隼人を見つけた鹿の子は 声をかけた。
荷物は、 たくさんの握り飯だった。
二つ分けてもらい、と注意され、
今夜 離れで騒ぎが起こると教えられた。
賊を離れにおびき寄せ、 一網打尽にする予定だったのだ。
鹿の子の部屋は、 その夜、 一座の面々の避難場所になっていた。

押し入ってくるのは、 暗殺を手掛ける者たちだ。
軽業一座ごときが 太刀打ちできる相手ではない。
一座の面々は、 身を潜めて 事の成り行きを ただただ待っていた。

しかし、 あの声は離れではない。
白菊に付き添っているはずの 土岐野の声だ。
詳しくは分からないが、 不測の事態に陥ったのは確かだ。

「こりゃあ、 まずいんじゃないか」
言って 逸が立ち上がる。
鹿の子も とっさに外に出て、 近くの土塀に走った。
普段は全く使われていない木戸を 無理やり開けると、 やって来る二つの影を見つけた。
「こっちよ。 助けて」
手を振り、 小声で合図する。
二つの影―― 陽映と伊織は 矢のようにすれ違い、 木戸に飛び込んでいった。

土岐野は 落ち着いて薙刀を構えた。
大声で呼ばわっても 駆けつける者がいない。
静か過ぎる夜には 理由があったのだ。
一人で 白菊を守るしかない。
守り抜く覚悟を決めた。

四人の賊も 薙刀の腕を見て、 慎重に事を構えた。
おでこを叩かれた門番は 目を覚まさなかった。
物音で目覚める心配は無い。

双方睨み合って対峙するうちに、 寄せ手の数が 一気に増えた。
さすがに 土岐野も、 覚悟だけではどうにもならない と焦りが出る。

薙刀を大きく振り回して 敵を下がらせ、 隙を見せた一人に切りかかったが、
その機を逃さず 後ろから踏み込まれた。
やられる。

だが、 その敵は 刀を大きく振りかぶったまま 動きを止めた。
どうっと倒れた背中に 短剣が突き刺さっている。
敵が一瞬怯む。

そのとき、
庭の奥から つむじ風のように突っ込んできた 二つの影があった。
忽ち二人を切り伏せて 合流する。
「陽映様」

陽映と伊織が加わって、 三人対十一人。
数の上では どうにも劣勢だが、 気迫が違う。
迷わず 三人は切り込んで、 乱戦になった。

そこに、 離れから駆け戻った十数人が加わって 剣を抜く。
こうなっては、たった三人に勝ち目があるとは思えない。

勢いで参戦しようとした襲撃者たちの目の端に、 なんだか 光り輝くものが映った。